2011年04月29日

桜の弘前でコンサート

イギリスではロイヤル・ウェディング、時代を超えた様式美が素晴らしいですねー。
聖歌隊の合唱もありましたが、この式のために作曲された現代っぽいハーモニーがありました。警備の近衛兵の捧げている銃は現在の制式と思われる自動小銃だった。中継の映像・音声はすごくきれいだった(大司教の襟にはちゃんとピンマイクがついていた)。
しかし、そんな必要最低限の様変わりはあったとしても、伝統を曲げることが絶対に無いことに改めて感動しました。とても美しかったと思います。

そんな大型連休初日、桜が咲き始めた弘前へ。道は混んでいるだろうと思い電車で。往きは意外にすいていたな。
100円バスで追手門近くまで。外堀は7分咲きといったところか。これだと園内はまだこれからでしょう。5月の連休あたりがズバリ見ごろですな。

弘前公園桜2011.jpg

とはいえ、今日は花見じゃないのです。弘前公園のすぐ向かい側にある藤田記念庭園洋館でのコンサートを拝聴してまいりました。その名も「お花見トリオ」。コント芸人じゃありません。ヴィオラ・クラリネット・ピアノによる三重奏です。それもその道の名手三人。ヴィオラ=村山弘、クラリネット=櫛引美穂子、ピアノ=工藤里砂子。シューマン、ブルッフ、モーツァルトの作品を精妙な響きで聴かせていただきました。
演奏前に、元N響ヴィオラ奏者の村山先生が「このコンサートで人前での演奏活動は最後とする」旨のご挨拶をされました。そのことをあらかじめご存知の方もいらっしゃったのか、用意された椅子に座りきれず立見の方、床にじかに座る方もあるくらいたくさんの聴衆が集まりました。周りを見回すと弘前でも名だたる音楽関係のお顔がズラリ。音楽的なレベルがとても高いコンサートになりました。
村山先生のヴィオラはとても優しく温かだった。「音色」というのはああいう音のことをいうのです。私たちがやっっているものを「今の音色は・・・・」なんていっちゃいけないんだよ。「どうです?すごく弾けるでしょう私って・・・・」というところが微塵もない。あくまでもその音楽だけを紡ぎだし私たちに届けようとするまっすぐさに、私は強く心打たれるとともに改めて大事なことを教わりました。今後先生は後進の指導に尽力される由、きっと優れた演奏者を育ててくださるにちがいありません。ぜひよろしくお願いいたします。
そのコンサートのあと、少し離れた弘前文化会館にかけつけ、Kミュージックラボ主催の「第14回未来コンサート」をかけもち拝聴。
このコンサートも作曲家で指揮者でもいらっしゃる川村昇一郎先生が、地元出身の若い演奏家たちに発表の機会を与えようと企画されている、とても志の高いものなのだ。「桜の園作曲コンクール」の表彰・1位作品の演奏も兼ねるコンサートですが、残念ながら第3部しか拝聴できなかった。
作曲家を志す秋庭潤さん(弘前高校卒)が自ら作曲した作品を、この度の震災の被災者を思いながら弾いたピアノは心に沁みました。また、若きソプラノ歌手古川響子さん(弘前中央高校卒)は、まだまだ荒削りながら生来の豊かな声は将来の活躍を予感させるものでした。
posted by りょうじー at 22:25| 青森 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 演奏拝聴記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

ガリバー旅行記

レミュエル・ガリバー(ジャック・ブラック)はニューヨークの大手新聞社の郵便係。一流記者になることを夢見てはいるが、そのオタク性が災いして万年郵便係から昇進できないでいる。旅行記事担当の美人記者ダーシーに長年恋心を抱いているがなかなか告白できない。彼女にいいところを見せようとでっちあげた嘘が功を奏しバミューダトライアングルの取材旅行を依頼されたガリバーは、単独でクルーザーに乗ってバミューダ海域へ。突然現れた謎の巨大水柱に巻き込まれ遭難、気がつくとどこかの島に漂着していた。目の前には中世風の格好をした小さな人間たちがいて、ガリバーを縛りつけ拘束しようとしていた・・・・・・・・

ジョナサン・スウィフトの名作「ガリヴァー旅行記」のリリパット(小人国)譚を実写版で映像化、時代も現代に置き換えたポップな映画でした。なにしろガリバー役がメタボ腹の怪優ジャック・ブラックだからねー。全体的にはほんとにばかばかしい映画なんだけど、ごく細かいところにいろんな楽しい仕掛けがあるのが面白かった。
ガリバーの物語って今では子供向けのファンタジーみたいな扱いになってるけど、もともとは18世紀ヨーロッパの社会を痛烈に皮肉った大人のための風刺小説。もし身長6インチ(15cm)の小人たちの国へ迷い込んだら、という着想は確かにアニメ的で童話っぽいけど、実はこのリリパット篇は第1作目。2作目ではブログディンナグという今度は全く逆の大巨人国へ行き、3作目はラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記で日本にまで来ちゃっているのだ。第4作はフウイヌムへの渡航、そこは馬が気高く賢い存在として社会を形成している国、人間に酷似しているヤフーという野卑で下等な生物が登場する、大変衝撃的な物語なのだね。大ヒットSF映画「猿の惑星」の元ネタといってもいいだろう。「天空の城ラピュタ」、検索サイト「Yahoo!」もこのガリバー物語に由来している。スウィフト、偉い!
もちろんこの映画は、ご家族おそろいで楽しめる純粋娯楽ファンタジックアドベンチャーですから、ごくお気楽に観るのが一番です。

★★★☆☆ 3Dじゃなくても良かった(その料金分損した気になる)
posted by りょうじー at 22:52| 青森 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 完全個人的映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

ラーメン屋のラーメン

ラーメン屋・らーめん.jpg


日曜日の練習は文化会館のリハ室だった。朝10時から昼をはさんで午後4時ごろまでという日程。昼はラーメンが食べたいと思って、「ラーメン屋」という大胆なネーミングのラーメン屋さんへ。
初めて入る店だ。カウンターだけの小さい店だけど、大将とおかみさんの二人だけで切り盛りしていてなかなか居心地が良い。
私のあとに入ってきやや年配のご婦人二人連れ、「やっぱり私いつものが良いわ」「私も・・・・」どうやら常連さんらしい。大将はこっちの人らしい無口な人で、「毎度」も「あいよ」もなくただ黙々とそばを茹で慣れた手際で注文をこなしている。
そのご婦人方の前へラーメンが置かれて少ししたときのこと
「あら、私のにお肉入ってないわよ」
「・・・・・・・」
「ねー、お肉が入ってないよ」
あれれ、なんだか怪しい空気になっちゃったのかな、と他所事ながら少し気をもんでいたら
「前に肉嫌いだっていってなかったっけ?」と大将。
「そんなこといった事ありませんよ。チャーシュー麺だって食べたことあるでしょう。」


「うふふ・・・・・入れ忘れた」

大将のおとぼけに店内は和んだのでありました。

格別美味いというわけではありませんが、妙に凝ったところのない素直な味で好きでした。
「油そば」を注文しているお客が多かったな。今度は「油そば」を食べてみよう!
posted by りょうじー at 15:23| 青森 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 美味特記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

ミサソレ覚書(4)

凄い曲をやってるんだなー、と練習するたびに思います。
意表をついた着想、え?こんなところにこんな音を書いてるのか、あるいは逆に、同じような部分なのに前と違って音が抜けていたりする。驚きを感じながら今日も合奏練習でした。楽しかったなー。
札幌から夜行列車で駆けつけていただいたファゴットのKさん、東京から飛行機で飛んできていただいたヴァイオリンのIさん、ありがとうございます。ほんとうに感謝です!

3章は「Credo」、壮麗です。まさに大聖堂。合唱から始まっていきますが、歌い出しはバス・パートなので、石組みが上へ上へと瞬く間に積みあがって高い高い天井の大聖堂が完成していく感じ。がっちりした柱が何本も屹立して、光射す窓がそこここに、仔細に見れば美しい彫刻のような装飾も置かれています。とてもビジュアル的な音楽だと思います。
「et incarnatus est」ではさーっと暗さが増していき受難の光景が、しかし、復活は一転して光あふれる。その高低差ははんぱじゃありません。「et ascendit」からの合唱がスケールを駆け上がっていく様はすごい!なんかモンティヴェルディみたいなにおいもして好きですねー。
この章も「et vitam saecli」が始まればあと残りちょっとだな、と思ったりするものなんだけど、これもけっこうそのあとが長いです。「Amen」もさまざまに形を変え繰り返される。この終盤を歌い切るにはスタミナの温存が必要なわけなんだけど、この「Credo」では合唱は総じて歌いっ放しでひと息入れるところがほとんどありません。
大丈夫かなー。
posted by りょうじー at 22:31| 青森 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 練習雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月21日

ミサソレ覚書(3)

Bスコラーズの木曜定期練習は今日も含めて残り2回。あとはオーケストラとの合同練習が2回に前日ゲネプロで本番当日。いよいよ迫ってまいりましたなー。
スポーツ選手や歌手・タレントなどの有名人たちの支援活動が次から次へと報じられるなか、被災者のみなさんの所へ直接なにもお届けできるわけではないこの度の演奏会が、果たして意味のあることなのだろうか、という思いがないわけではありません。その自分への問いかけはこのまま持ち続けます。多分、演奏会が終わってからも。
今年、2011年の演奏活動は結局全てその思いのなかでやることになるのだ、と思います。

「荘厳ミサ曲」の第2章「Gloria」、早い3拍子で華麗です。ほぼフルオーケストラの短い前奏に続いてポリフォニックな合唱の歌い出しですが、それはアルトパートから。ちょっと変わった始まり方だねー。Et in terra pax(地においては平和を)からは音域が全体に低くなり少し沈静しますが、この箇所は特別の意味を持つことになりました。
これまでけっこうたくさんの作曲家の「Gloria」を歌ったり指揮したりしてきましたが、cum sancto spiritu・・・・の聖句が出てくると「おお、もう終わりに近いな」という感覚があるんだけど、これはそこからが長い。amen も出てくるので終わりかと思いきや、再び in gloria Dei patris が現れる。しかも壮大なフーガなんですねー。恐れ入りますよ、ほんとに。
さらにそれが amen に収束していよいよ終結するかと思ったとたん、今度は超高速の3拍子で Gloria in excelsis Deo に回帰するのです。
そしてほんとの終わりの聖句は結局「Gloria」。コードはこのミサの基調であるニ長調なんだけど、直前に巧みにト長調に転調しているので、トニカ(主和音)ではなくてドミナンテ(属和音)で終わる不思議な感覚なんだよね。こうやって文章にしちゃうとへんてこりんな曲のようだけど、この終わり方はなぜかすごく魅力的なんだなー。
でもベートーヴェンの時代では、これは相当な前衛音楽だったに違いない。

今回の演奏会ではここでいったん休憩を入れたいと思います。
posted by りょうじー at 23:35| 青森 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 練習雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月20日

夜空の彼方に

だいぶエーシーのCMが減ってきました。
こどもたちが「こんにちワン」とか「ありがとウサギ」なんていうのが挨拶だと思っちゃったらダメだと思うんだが・・・・・・・・・

いま好きなテレビCMは、サントリーのやつ。「上を向いて歩こう」と「見上げてごらん夜の星を」をいろんな人が歌っているのをつなげているあれ。余計なものがいっさい無い。お決まりの「お見舞い申し上げます」の文句もなくシンプルに歌があるだけ。好きだなー。
もうひとつ、ソフトバンクの犬の父さんが窓から外の空を見上げるCM。カイくんの後姿、背中の線がなんともいえず良い。
posted by りょうじー at 23:24| 青森 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

SP《革命篇》

官房長官襲撃事件から二ヶ月が経った。警視庁警護課第四係の井上薫(岡田准一)は係長の尾形総一郎(堤真一)の謎の行動、自分の特異能力に訴えかけてくる幻視に思い悩みながらも、チームの3人の同僚とともにいつものように要人警護の任務についている。
国会では麻田内閣不信任案の採決のための本会議が始まろうとしている。警護課の他のチームとともに会議場出入口付近で警護の任務につく井上たち。だが、井上たち以外のSPチームはなにやら様子がおかしい。さらに清掃員に変装して、あるいは傍聴人に紛れ込んだテロリストたちが国会内に入り込む。武器を持たない衛視たちを次々に制圧、本会議場に迫る。
一方不穏な動きを察知して秘密裏に捜査していた公安部員・田中はテロリストの一人に襲われ重傷を負っていたが、その捜査でつかんだ衝撃の事実を本部に報告していた。
「彼は尾形ではない。本物の尾形総一郎は別にいる・・・・・・・」


SPシリーズ最終章、全てが明らかになり全ての線がつながる・・・・・・・そういわれたら見ないわけにゃいきません。
TVシリーズから物語は幾重にも重なり合い、ひとつのドアがやっと開いたと思ったらすぐに次の壁が目前に、終わったかに見えたエピソードが実は次のエピソードへの伏線だった。これまでの日本製アクションムービーには無かった分厚いストーリー構成はなかなか魅力的。もちろん言ってしまえば荒唐無稽な話ではあるけれど、下地の調査はけっこう行き届いているからリアリティはあります。確かにこの映画の言いたいことは、我々国民もすごく頭にきているところでもあるし、もしこういう本格的なテロリストが実際にいたとしたら、それに対する危機管理能力はきっとないだろう、とも思ってしまう。ちょっとそりゃ無理だろう、というところも無いではないが(まぁけっこう数多いかも知れない)、「SP」サーガともいえる大きなスケールのドラマ&映画になったと思います。
井上とその仲間たち、真木よう子、山本隆文、石田光男の組み合わせは絶妙だったし、各人物像(正・悪取り混ぜて)がとてもよく描き分けられていたのも印象に残りました。

そうかー、これで終わりかー、と思いながらエンディングにさしかかると・・・・・・え?なにそれ?なんですか、その含みのもたせかたは・・・・・・
ははーん、最終章なんていいながらまだ先があるんだな、さては・・・・・・・

この商売上手っ!!

★★★★☆ 《野望篇》に比べると少しダレたところがあった気がします
posted by りょうじー at 23:13| 青森 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 完全個人的映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

メータの「第九」

今日のN響アワーは、4月10日に行われた〜東日本大震災チャリティーコンサート〜ズビーン・メータ指揮の「第九」でした。
恐らくは感動的な演奏だったに違いない。テレビの画面からもビンビン伝わってきていましたから、実際にあの場にいたらさぞや・・・・・・
エンディングでの西村朗先生の興奮もハンパじゃなかったし。

東京文化会館にあのとき集った人たち(聴衆も演奏者も)全てに共通する、ことばでは言い表せないなにか大きなもので満たされていた。それはやはり素晴らしいことです。
この度のことで、この地球上では人間なんてほんとうにちっぽけな存在であることを、私たちは思い知った。でも、同時に、こんなにもひとつになって凄いことができるのだ、ということもさっきの演奏を聴いて思ったことでした。
とはいえ、なにもかも力を尽くしたうえでなければ成らないことでもありますね。

がんばらなきゃ!
posted by りょうじー at 22:52| 青森 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月15日

ミサソレ覚書(2)

練習すればするほどその恐るべきパワーに驚きます。ほんとにベートーヴェン先生は凄い!これを作曲した頃にはほぼ耳が聞こえなくなっていたし、身体のあちこちでさまざまな障害が起きていたことはよく知られています。それなのに、この大出力の音楽、信じがたいパワーですよ。演奏する側もエネルギー温存型でやるわけにはいかない。自分で自分にムチを入れ続けるしかないのです。Bスコラーズと管弦楽団の皆様、がんばりましょう!

独創的なアイデアが満載の「荘厳ミサ」ですが、第1章の「Kyrie」は構成としてはオーソドックス。第1Kyrie〜Christe eleison〜第2Kyrie、第2Kyrieはあたかもダ・カーポのように見えるけど、そこはベートーヴェン先生、そこにはひとひねりもふたひねりも加えている。演奏する方も要注意なんだな。
まさに「荘厳」の冠にふさわしい前奏に続いて晴れやかに歌い出される「Kyrie」は、聴くものの背筋を伸ばさせ一気に楽曲に引き込んでいくようにできていますが、ただ単に大音量で「はじまり、はじまりーーーっ」というだけではいけません。だからベートーヴェン先生は冒頭に「Mit Andacht(=敬虔な祈りとともに)」とちゃんと念をおしている。
「ミ・ファ・ミ・ラ・ソ」というシンプルな動機をさまざまに変化させながら繰り返し展開させていくのはいかにもベートーヴェンらしい。壮大なフーガとかは無いのでどちらかというとスッキリした印象の「Kyrie」だけど、「これはまだまだ序の口ですよ、みなさん」という、ちょっと抑えた感じがまた良いんだなー。
Christe eleisonが歌われる直前のホルンとファゴットの音色が悲しい。
posted by りょうじー at 22:23| 青森 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 練習雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

ミサソレ覚書(1)

今日で震災から1ヶ月だなー、と思っていたら、夕方マグニチュード7の余震がきた。こっちはそんなに揺れなかったけど。まだまだ続くと思っていたほうが良いようです。
青森ベートーヴェンスコラーズ、「荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス)」の本番まであとひと月だけど、もしかしたら後をひいているかも知れないなー。本番中に地震がきても、よほどでない限り演奏は続けます!

ほんとはミサソレなんて略しちゃいけません。モーツァルトのレクイエムを「モツレク」なんて言って、師匠に怒られたことがあります。偉大な音楽に対して非礼であり、不遜なことですからね。タイトルを短めにするために縮めました。ごめんなさい。

ベートーヴェンはこの「荘厳ミサ」を「第九交響曲」と同時進行で書いていたので「双子」の名曲とも呼ばれます。よく音楽室に掲げてあるベートーヴェンの肖像画で、手にしている楽譜はよくみると Missa Solemnis と書いてある。あの楽譜は荘厳ミサだったんですねー。ベートーヴェン自身も自分の最大の作品である、と言ってはばからなかった。グノーやベルリオーズなども「荘厳ミサ曲」を残しているし、バッハの「ロ短調ミサ」も分類は荘厳ミサだけど、今では「荘厳ミサ」あるいは「ミサ・ソレムニス」といえばまずこのミサ曲を指す。それくらい大傑作であることは誰もが認めるところだけど、なにしろ長大で演奏難度も高いからなかなか演奏機会がありません。
今回及ばずながら、青森ベートーヴェンスコラーズの第7回公演でこの稀有の大曲を演奏する機会を得たことは、ほんとうに素晴らしいことだと思います・・・・・・・・
思いますが、やっぱり超のつく難曲なんだなー。
昨日も三回目のオーケストラ・合唱の合同稽古でしたが、私がきちんと振れれば問題ないところが随所にあって少し凹んでおります。こうやろう、と考えて臨んでいるんだけど、いざやってみるとそれがうまく棒に直結しない。ベートーヴェン先生の不機嫌な顔が難度もちらつきました。

はい、勉強します。

posted by りょうじー at 22:55| 青森 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 練習雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月08日

停電再び

余震はいつ来るか分からない。
警戒していたつもりでもやはりふいを衝かれた感じになります。
先月の本震は午後だったから、停電になったが懐中電灯やろうそくの準備は割に落ち着いてできた。だが今回はほぼ深夜、懐中電灯はなんとか掴んだけど泡食ってるからスイッチを探り当てることがなかなかできない。ろうそくの保管場所もあると思ったところに無くて焦ったり・・・・・

これは警告です。私たちはあまりにも電気を無造作に使い過ぎてしまっていた。ONにするだけで利用できるごく当たり前のものにし過ぎていたということです。こんなにも電気に頼り過ぎていたことに少しも気づかず暮らしてきたことに今さらながらびっくりしてしまいます。
原発事故・大規模停電・供給量不足・・・・・・電力会社には受難の年となりました。
思うところは山ほどありますが、今それを言い立てるのはやめましょう。事実、福島第一原発の現場では、自らの命を顧みず事故の拡大の防止に不眠不休の人たちがいます。
第一電気の恩恵を受けてきたのは私たち。こんなにも使い放題に使ってきたことを棚にあげて、彼らを一方的に責めることはできないと思います。
電力会社にではなく、私たち電気を使っている者に対して罰が与られたということ。この危機が去っても、このままエネルギー節減を旨とする生活を私たちは心していかなければならん、ということです。
posted by りょうじー at 22:21| 青森 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

重責

青森ベートーヴェンスコラーズ第6回公演がプッチーニのグロリアミサ、2008年の5月でした。
次に演奏する曲の候補がいくつか挙がったなかで、第7回の曲目をベートーヴェン:荘厳ミサ曲に決めた理由は、名前にベートーヴェンと謳っている(いま思えば神をも畏れぬ名前だ)のに、彼の最高傑作のひとつである荘厳ミサが厳然として存在することにいつまでも知らんふりをしているわけにはいかない、ということでした。ひとつも勉強していない段階で、音楽に全然関係ないところで、ごく軽い気持で決めてしまったことを深く反省しておりますが。
そして2008年後半、2009年、2010年前半と合唱の練習を続けてきたわけですが、考えていた以上に(ちゃんと考えていなかったともいう)難曲で四苦八苦、このままでは「難しいなー」と言い続けるだけで前に進まなくなってしまう、という判断で、昨年の夏、たまたま他の会合で行っていた青森市文化会館の事務室で確認したところ、2011年5月8日に大ホールの空きがあるという。まずいいとこじゃないの、と仮押さえの手続きをしたのでした。

完全に自分勝手なことで決まった演奏曲と演奏会の日取り。

まさか、このタイミングになろうとは・・・・・・・・・・・・

偶然です。
たまたまそうなっただけですが、あまりに大きな偶然。
その大きさと重さに愕然とし、畏れと責任を感覚せざるを得ません。

東日本大震災、確認された犠牲者の数は既に1万人を超えました。行方不明者はその数をさらに上回るという。
なんということだろう。

被災地の復旧・復興は一分一秒でも早く進めなくてはならない。そのためにやらなければならない私たちの役割はあります。それにももちろん力は尽くしていく覚悟です。
しかし私と青森ベートーヴェンスコラーズがやり遂げなければならないのは、まずこの荘厳ミサ曲です。亡くなった余りに多くの命、そしてその命を取り巻く数知れぬ悲しみと痛みは、私たちが思うものよりもはるかに大きいものに違いないけれど、私たちができることはその悲しみと痛みに思いを寄せて演奏に臨みむことだと思っています。もしできることなら、お聴きいただく方々にもその思いを共有していただきたいと強く願います。
最終章の「Agnus Dei」では「Dona nobis pacem(私たちに平安をお与えください)」の聖句が幾度となく繰り返されます。ベートーヴェンが書いても書いても書ききれなかったその思いを私たちは受け止め、希望の光となって被災地に届くと信じて演奏したいと思います。


「心より出でて- 願わくば再び心に至らんことを」

ベートーヴェンが荘厳ミサ曲総譜の冒頭、「Kyrie」の余白に書き残しています。


→ http://www.actv.ne.jp/~shiraryo/scholars7th%20A4.htm
posted by りょうじー at 11:23| 青森 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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