2008年05月01日

クローバーフィールド

ニューヨークの高級アパートの1室、東京支社へ副社長として栄転の決まったロブのためのサプライズ・パーティーが開かれている。ロブの兄ジェイソンは恋人のリリーとともに考えたそのプランの一部始終を家庭用ビデオで撮影していたが、パーティーが始まるとその役目を友人ハッドに任せる。最初は困ったハッドだがやがてその記録係の役目に夢中になり、みんなに半ばあきれられながらも写し続ける。やがてロブが現れパーティーが最高潮になったその時、ものすごい衝撃が建物を襲い、部屋はパニックに。屋上に上がって彼らが目撃したのは爆発の閃光。先を争って外に非難するが、轟音とともに空から降ってきたのはなんと、ひきちぎられた自由の女神像の頭部だった・・・・・

公開前、厳重に封印されて詳細が知らされず、ただ宣伝ポスターの首のない自由の女神の衝撃的なカットが話題になった問題作。予告編もきわめて断片的でなにがなんだかわからない。そそられることはそそられるけど、これでダメ映画だったらそのぶん大損感は倍加するわけだし、チラチラと目にしたレビューもあんまり良い話がない。うーん、観ないで済まそうか、と思っていたんだけど、今回諸事情が重なって観ることに・・・・・
大変お見それいたしました。(おじぎ、深々)

この映画、車酔いに似た症状で気分が悪くなるかも知れないよ!という警告がされている。それは全編手持ちカメラの映像で、始終揺れたり、ひっくり返ったり、ブレブレになったりするから。そういうのに弱い方は全然楽しめないから敬遠したほうが良い。
日本公開からひと月近くたっているので、はっきり言いましょう!この映画は「ゴジラ」なのよ。大都市をあり得ない巨大ななにかが突然襲う、その時その場の人間はどうなっちゃうのか、そのなかのひとりがハンディ・カムを持っていてその恐怖の一部始終を撮影し、それが奇跡的に残っていてその映像を見ることができるとしたら・・・・というとんでもない映画なのね。
私はこどもの頃、夕暮れの岸壁とかに行って遠くの市街地をながめ、その頃だから高いビルなんかなかったけど、ちょっとシルエットになりかかった家々の真ん中から、突然ゴジラがグワーッとたちあがる絵をよく夢想したものです。ゴジラが邪魔なものを次々破壊しながらこっちに近づいてきたら、どっちへ逃げよう、なんて真剣に考えていた。この映画を観てそれを思い出しましたね。第三者の目(つまり普通の映画のカメラの視点)で見た光景ではなく、その恐怖極限の人間の視点からパニック状態を捉えて見せる。これはすぐれものですよ。よく考えついたなー。
カタルシスがない、観客置き去り、ストーリーはどこ?・・・などの批評もよく分かる。だけどこれはそういう映画なのよ。そういうところを全部おさえた映画だったら、それはごくつまらない怪獣ものにしかならなかったってことだからねー。

この手はもう二度と使えない。でもそういう意味でもポイント高いと思うよ。

★★★★★ 人によっては大嫌いかも知れない
posted by りょうじー at 13:02| 青森 | Comment(0) | TrackBack(0) | 完全個人的映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする